南輝教室長のブログ

子育てについて

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子育てに悩みはつきものです。
あーでもない、こーでもない、ベストはどれだ、と日々悩みながら、
思春期を迎えた子供が言うことを聞かなくなってきて、それもまた悩みながら、
「我が子のために」と試行錯誤しているはずです。

ですが、あまりにも悩むあまりに、向かう先を見誤ったケースもあります。

子育ての目標は、「子供が成長して、親離れした後もきちんとやっていけること」
ではないでしょうか。
そこを誤って、いつまでも親に依存するような子育てをしているケースが時々見られます。

たとえば、子供が引っ込み思案だからと、いつまでも親が子供の代弁をする。
(私が実はこうでした…前職で手ひどく叩かれて、「これではイカン」と改善してきました…)
たとえば、子供が傷つくのを見たくないと、障害を親の手でなくしてあげる。
たとえば、子供が失敗しないようにと、レールを敷いてそこを歩かせる。

どれも、じゃあ親の庇護の下を離れるときに、子ども自身が自立した状態になるよう、
先々の教育を考えてやっているようには見えませんでした。
「今」「自分の目に写る」子が、自分のメガネにかなう言動をすることを第一義にしているようにしか見えませんでした。

いつまでも親の庇護がないといけない子はどうなるのでしょう。
たとえば、大学進学と共に一人暮らしをしだしたとします。
まだここでできる仲間というのは、なぁなぁがきく仲間です。
アルバイトだって、まだ「うーん、学生だしな」で許してくれるところがまだ多いです。
ですが、そこで形だけ自立した状態になった子は、誰から自立することを教わるんでしょうか。
自立とは、一人暮らしができることではないのです。
社会で一人の人としてやっていくことです。
いざ就職(このときにはさすがに、子本人にも「親に頼りっきりにはできない」という意識が出てきます)となったとき、下手したら地獄が待っています。「こいつは親に何を教わってきたんだ」「常識なし」「イチイチ言われないと動けないのか」…と。

ひな鳥は、餌のとり方を知らず巣から落とされたら死んでしまいます。
人間の子供は、さすがにそこまではありません。
だからこそ、何をどのタイミングで身に着けてやれば、巣立ったときにきちんとやっていけるのか、それを子育てでは考えていきたいところですね。
私と同じ思いを社会に出てからする子が減っていきますように。

(文責:植田)

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