否定的な言動の奥にあるのは?

ある男の子と女の子の、どちらももがきつつ成長しているなと感じたエピソードです。
どちらも『思春期部』真っ最中。

小6の男の子。
「勉強はキライです」オーラを出しつつも、最近集中している様子や字をきれいに書こうとする姿がよく見られました。
「今日はいいペースだねえ」「最近ずっときれいな字が書けてるね」と声をかけると、
「いや、そんな感じじゃない」という、ちょっと否定的な返事が。
褒められても嬉しくない?嫌がられてる?なんて、こういう出来事が続くとつい不安になるものの、
他の場面では全然そんな気配もなく。
様子を見ていてハッと気づいたことがひとつ。
周りのことをよく見ている優しい子だからこそ自分のこともよく把握していて、
褒められたこと=できたこと、だけではなく、できていないことにも意識が向いて、
心の奥では「嬉しいんだけど」「完璧じゃないし」「期待されすぎてもうまくできないかも」
という気持ちがせめぎあっていて、嬉しさを前面に出しきれないのかなと感じます。
期待されることが重圧になる子って、もうすでに頑張っている子。
そこを、褒める側、大人側の物差しだけで測らないようにしたいものです。

また、中学3年の女の子。
この時期の受験生はとてもストレスフルな状態だとお伝えしてきましたが、彼女も例にもれず。
友達とちょっとしたきっかけから仲たがいをしてしまった時期がありました。
「もう知らん」と問題を放置するような言動がありましたが、これは彼女の精いっぱいの
「どうにかしたいけど」「今は受験に集中しないと」という気持ちの表れだったと思います。
その後、これまたちょっとしたきっかけで関係が自然に戻ったときの様子を見ると、
やはり心の引っかかりが取れた分、以前よりものびのびと頑張れているように見えました。
結果だけを見ると「やっぱり仲直りできてよかったね」ですが、そこに至るまでを考えると、
大人が先回りして何かを言わなかったことにも意味があったように思います。
今の自分にとって何が大事か、何を優先するかを、彼女自身が考えて判断し、動いていた。
その姿がとても頼もしく感じられました。

思春期の子どもたちの言動は、表面だけを見ると分かりにくく、ときに心配になります。
でもそれは、「木」だけを見て判断してしまっている状態なのかもしれません
ひとつひとつの反応の裏には、その子なりの事情や、成長途中ならではのバランスがあります。

大切なのは、目先の言動に一喜一憂することよりも、その子がどんな「森」を育てている途中なのかを想像すること。
思春期の「なんで?」の奥に意識を向けながら、長い目で彼ら彼女らの成長を応援していきます。